田植えをしない稲作が増えているらしいので調べてみた――乾田直播は思ったより大きな変化だった

乾田直播の圃場で条播された若いイネと播種機械を描いた水彩画 身近な科学

日本の稲作といえば、やっぱり田植えの風景を思い浮かべます。

水を張った田んぼに田植機が入って、苗がきれいな列になって植えられていく。私の中でも「米を作る=まず苗を作って田植えする」というイメージがかなり強くありました。

ところが最近、田植えをしない稲作が増えていると聞きました。

種籾を田んぼへ直接播く「直播栽培」です。

最初は、「農家も減っているし、育苗と田植えを省いて省力化しているんだろうな」くらいに思っていました。

でも調べてみると、どうも話はそれだけではありません。

特に最近伸びている「乾田直播」は、単に田植機を播種機へ置き換える技術ではなく、日本の稲作の機械体系そのものを変える可能性がある技術でした。

直播はまだ少数派。でも乾田直播はかなり増えている

直播には、大きく分けて「湛水直播」と「乾田直播」があります。

湛水直播は、水田として準備した圃場へ直接種籾を播く方法。

一方の乾田直播は、まだ水を入れていない乾いた田んぼに種を播き、苗がある程度育ってから水を入れます。

日本全体で見ると、直播は2024年産で約4.17万ha。水稲作付面積全体の2.8%程度なので、まだ圧倒的に少数派です。

ただし内訳を見ると面白い。

2020年には乾田直播が約1.46万haだったのに、2024年には約2.30万haまで増えています。4年間で約58%増です。

逆に湛水直播は少し減っています。

つまり最近起きている変化は、単に「直播が増えている」というより、

乾いた田んぼに直接播く乾田直播がかなり伸びている

と見た方が実態に近そうです。

まず疑問だった。「収穫どうするんだ?」

ここで私が最初に気になったのが収穫でした。

直播すると、田植機できれいに苗を植えた水田とは株の並び方が違います。

「これ、いつものコンバインで刈れるのか?」

と思ったわけです。

結論から言えば、普通に既存のコンバインを使っています。

乾田直播でも条播、つまり筋状に種を播く方法が使われていますし、現在の機械化体系では自脱型コンバインも普通型コンバインも使われています。

北海道などではさらに、大型の普通型コンバインを使い、米だけでなく小麦や大豆などの収穫とも組み合わせる例があります。

バインダーでも刈れないわけではありません。

ただ、刈って結束して、その後に脱穀するという工程は、少人数で大面積を処理したい現在の乾田直播とはあまり相性が良くありません。

ここで、乾田直播の本当の面白さが見えてきました。

稲作なのに、畑作用の機械がどんどん出てくる

乾田直播の機械体系を見ていると、妙に畑作っぽいのです。

大型トラクターで耕起する。

圃場をきれいに均平化する。

ローラーで鎮圧する。

麦などにも使うグレンドリルで筋播きする。

必要な防除を行う。

最後は大型コンバインで収穫する。

これだけ見ると、従来イメージする日本の稲作より、むしろ麦や大豆の大規模畑作に近い。

しかも、これが重要です。

機械を米専用にしなくてもよくなる可能性があります。

米、小麦、大豆、トウモロコシなどで同じトラクターや播種機、収穫機を共用できれば、農機の年間稼働率を上げられます。

高価な農機を「田植えの数週間だけ使う」「稲刈りの時期だけ使う」のではなく、複数作物で回していける。

乾田直播は、

「田植機を使わなくて済みました」

というだけの話ではなく、

稲作だけのために存在していた専用工程や専用農機を減らす

方向へつながっています。

これは結構大きな話です。

なぜ今そんなことをするのか

理由はやはり人です。

日本の基幹的農業従事者は減り続けています。

一方で農地そのものが一緒に消えるわけではないので、少なくなった農家や農業法人が、より大きな面積を管理する方向へ進んでいます。

そうなると問題になるのが「一人で何haできるのか」です。

移植栽培では、田植機を走らせる以前に育苗があります。

苗箱を大量に作る。

苗を育てる。

苗箱を運ぶ。

田植機へ載せる。

田植えが終われば苗箱を片付ける。

田植機そのものは非常に速くなっていますが、その周辺作業にはかなり人が必要です。

乾田直播なら、そもそも苗を作らない。

これは大規模化した時にかなり効いてきます。

だから今後は、単位面積当たりで一番多く米を取れる栽培法だけではなく、

一人が限られた期間に何haを管理できるか

も重要になります。

実際、乾田直播は移植栽培より収量がやや低くなるケースがあります。

東北をまとめた近年のレビューでは、おおむね10%程度低いとされています。

それでも普及するのは、1ha当たり収量だけで農業経営が決まるわけではないからでしょう。

「収量/ha」ではなく、

「収量/労働時間」

という見方をすると、評価が変わってきます。

人が苗を作らなくなると、イネ自身が頑張らないといけない

ここからは植物科学としてかなり面白いところです。

田植えというのは、人間がイネをかなり手厚く助けている栽培法でもあります。

発芽直後の弱い時期は育苗施設で守る。

ある程度大きくなった苗を田んぼへ移す。

植えた時点で、すでに葉も根もあります。

雑草よりずっと大きな状態からスタートできます。

直播では、それがありません。

種籾は圃場に播かれたところから、自力で発芽して、自力で土の中から地上へ出て、自力で根を張らないといけません。

すると、今まであまり重要でなかったイネの性質が重要になります。

例えば、土の中から芽を伸ばす能力。

低温でもきちんと発芽する能力。

根を早く張る能力。

雑草より早く大きくなる能力。

倒れにくいこと。

特に播種深度が深くなると、中胚軸という部分が長く伸びられるイネの方が地上へ出やすくなります。

逆に水のある環境へ直接播く場合には、酸素が少なくても発芽できる能力が重要になります。

つまり、

栽培方法を変えると、「良いイネ」の定義まで変わる。

これが面白い。

「えみまる」は直播用に求められる形質が分かりやすい

北海道には「えみまる」という品種があります。

北海道で直播すると、春の低温で発芽・出芽がうまくいかないことがあります。

そこで「えみまる」は、低温でも比較的苗立ちしやすい性質を持たせています。

2019年には約400haだった栽培面積が、2022年には約1,900haまで増え、その多くが直播でした。

普通に考えると、品種改良といえば「もっと多収」「もっとおいしい」「病気に強い」といった方向を思い浮かべます。

でも直播用の品種では、

「寒い土の中からちゃんと出てこられるか」

「深く播かれても地上まで伸びられるか」

「雑草より早く育てるか」

「最後まで倒れずコンバインで刈れるか」

といった形質が重要になります。

栽培システム側から品種の設計目標が決まっていくわけです。

省力化って、「仕事がなくなる」ことではないのかもしれない

今回調べていて一番面白かったのはここでした。

乾田直播では育苗と田植えがなくなります。

でも、単純に仕事がなくなるわけではありません。

人が苗を均一に作っていた仕事は、種子の品質や出芽能力へ移ります。

人が一定間隔に苗を植えていた仕事は、高精度な播種機へ移ります。

苗を大きくしてから田んぼへ出し、雑草より有利にしていた仕事は、除草体系やイネ自身の初期生育能力へ移ります。

倒れた稲を人が苦労して刈るのではなく大型コンバインで高速収穫したければ、倒れにくい品種が必要になります。

つまり省力化は、

仕事を消すというより、人から機械・圃場・植物へ仕事を移すこと

なのかもしれません。

AIや自動化の話でも似たようなことを感じますが、工程を一つ消すと、その仕事が完全になくなるとは限らない。

別の場所に要求仕様として現れます。

田植えの風景はなくなるのか

もちろん、すぐに日本中から田植えがなくなるわけではありません。

2024年時点でも直播は水稲作付面積の2.8%程度です。

狭い田んぼ、傾斜地、水利、土壌、雑草、地域ごとの農機体系などを考えれば、移植の方が合理的な場所はいくらでもあります。

むしろ当面は、

移植栽培

湛水直播

乾田直播

を組み合わせ、春の作業ピークをずらしながら大面積を管理する形が増えるのかもしれません。

ただ、これまでの稲作機械化が

「どうやって田植えを速くするか」

を中心に進歩してきたと考えると、

「そもそも田植えをしなくてもいいのでは?」

という発想は結構大きな転換です。

調べる前は「田植えを省いた省力栽培」くらいに思っていました。

実際には、農機、輪作、経営規模、雑草管理、品種改良まで全部つながっていました。

田植えを一工程なくすだけで、稲作全体の設計が変わっていく。

乾田直播、なかなか面白いです。


植物科学・育種の側からもう少し詳しく整理した記事はChloroQuestにまとめています。

https://chloroquest.com/rice-dry-direct-seeding-seedling-machinery-breeding-japan/

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