なぜ古い寺社は「朱・緑・黄」なのか?――顔料の化学から日本建築の色を考える

朱色の柱と梁、緑色の建具、黄色の装飾が並ぶ古い寺社建築 身近な科学

古い寺社を歩いていると、妙に繰り返し出会う色があります。

朱色の柱、深い緑の扉、そして黄色や金色のアクセント。

今回、写真を撮りながらふと気になりました。

「昔はこの色の材料が手に入りやすかったのだろうか?」 「朱色には魔除けの意味があると聞くけれど、本当なのだろうか?」

調べてみると、答えは単純な「宗教的な意味」だけではありませんでした。

その背景には、鉱物、化学、資源、建築技術、そして大陸から伝わった文化が重なっています。

まず、「染料」ではなく「顔料」

寺社の柱や扉の色を考えるとき、最初に区別しておきたいのが染料と顔料です。

衣服では、植物などから取り出した色素を繊維に染み込ませる「染料」がよく使われます。

一方、建築物の木材を鮮やかに彩る場合は、基本的に水に溶けない細かな色の粒子=顔料を、膠などの結合材とともに表面へ塗る方法が使われてきました。

つまり、寺社の色を調べることは、そのまま昔の材料科学を見ることでもあります。

文化庁の「建造物彩色」の解説では、日本の本格的な建造物彩色は仏教の伝来とともに大陸から移入されたとされ、その後、日本独自の発達を遂げたと説明されています。中世以降には、もともと素木造を基本としていた神社建築にも彩色技術が取り入れられました。

「朱色」の正体は一つではない

寺社の赤を見ると、まず思い浮かぶのが「朱」です。

代表的な朱の原料である辰砂(しんしゃ)は硫化水銀(HgS)を主成分とする鉱物です。

日本でも非常に古くから利用されており、徳島県の若杉山辰砂採掘遺跡では、弥生時代後期から古墳時代前期に朱の原料となる辰砂を採掘していたことが確認されています。

ただし、ここで面白いことがあります。

赤い寺社建築=すべて水銀朱、ではありません。

赤色顔料には、たとえば次のようなものがあります。

見える色代表的な材料主な成分の例
鮮やかな赤朱・辰砂HgS
赤〜赤褐色ベンガラ酸化鉄(主に Fe₂O₃)
橙赤色鉛丹Pb₃O₄

東京文化財研究所が古代寺院の瓦などに残った赤色顔料を調査した研究では、全国31か所の白鳳〜奈良時代の寺院・関連遺跡で確認された建築塗装の赤は、調査範囲ではすべて鉄を発色の主要因とするベンガラ系と判断されました。

水銀朱や鉛丹と判断された例はなかったと報告されています。

つまり、

「赤いから朱だろう」

と見た目だけで化学組成を決めることはできません。

個人的には、ここがかなり面白いところです。

緑は「銅」の色だった

伝統的な緑色顔料として代表的なのが緑青(ろくしょう)です。

特に有名なのが、孔雀石(マラカイト)を原料とする岩緑青です。主成分は塩基性炭酸銅で、

CuCO₃・Cu(OH)₂

と表されます。

文化庁がまとめた高松塚古墳壁画の材料調査でも、緑色には岩緑青、青色には藍銅鉱由来の岩群青が使われていたとされています。

つまり、あの強い

赤 × 緑

という組み合わせを材料の側から見ると、

鉄・水銀・鉛などで作る赤 × 銅で作る緑

という、まったく違う元素の世界が並んでいることになります。

建物を「色」ではなく「元素」で眺めると、景色が少し変わって見えます。

黄色も、植物から取った色とは限らない

黄色も同じです。

「天然色」と聞くと植物を思い浮かべやすいのですが、古い彩色では黄土などの鉱物系顔料も使われました。

高松塚古墳壁画の分析では、

  • 赤:朱、ベンガラ
  • 黄:黄土
  • 緑:岩緑青
  • 青:岩群青
  • 白:鉛白
  • 金:金箔
  • 銀:銀箔
  • 黒:墨

といった材料が確認されています。

天然物ではあります。

しかし、

「その辺に生えている植物から簡単に色を取れたから、この配色になった」

というわけではありません。

鉱物を採掘し、選別し、砕き、精製し、粒度を整え、適切な媒材と混ぜ、建物へ施工する。

色を作るだけでも、かなりの資源と技術が必要です。

では、朱色は「魔除け」なのか

朱や赤には、古くから儀礼・信仰・境界と結びついた利用例があり、「魔除け」と説明されることもあります。

ただし、

寺社建築が赤い理由を、すべて「魔除けだから」で説明するのは単純化しすぎ

だと思います。

文化庁の説明を見ると、日本の建造物彩色そのものが仏教伝来とともに大陸から入ってきた技術体系です。

そこには、

  • 宗教的な意味
  • 権威や荘厳さの表現
  • 建築様式
  • 顔料を作る技術
  • 大陸との文化交流
  • 部材表面の風化を抑える機能

といった複数の要因が重なっています。

実際、文化庁は伝統的な建造物装飾について、意匠性だけでなく部材表面の風化抑制などの機能性も担うと説明しています。

つまり、「意味」と「材料」と「実用性」を分けずに考える必要があります。

「古寺=渋い茶色」は、本当に昔からそうだったのか

そして、この話で一番面白かったのがここです。

私たちは「古い寺」と聞くと、

黒ずんだ柱、褐色になった木材、静かで渋い色

を想像しがちです。

でも、古代の寺院や仏教美術に使われた顔料を見ると、朱、緑、青、黄、白、金と、かなり鮮烈です。

つまり、現在私たちが「古寺らしい」と感じている色の一部は、創建当時そのままの色ではなく、

長い年月の退色、剥落、風化を経た結果

でもあります。

もし創建直後の寺院へタイムスリップできたら、

「思っていたよりずっと派手だ」

と感じる場所は少なくなかったのかもしれません。

寺社の色は、昔の「材料科学」の痕跡だった

今回の疑問は、

「朱・緑・黄なのは、昔この色が作りやすかったからなのか?」

というところから始まりました。

調べてみると、むしろ逆でした。

そこには辰砂、酸化鉄、孔雀石、黄土といった鉱物資源があり、それらを加工する技術があり、大陸から渡ってきた建築文化があり、宗教や権威、そして建物を守る機能がありました。

寺社の色は、単なる装飾ではありません。

建物の表面に、当時の化学・地質・資源・技術・思想が残っている。

次に古い寺社を見るときは、柱の朱や扉の緑を「きれいな色」として見るだけでなく、

「この色は、何の元素でできているのだろう?」

と考えてみるのも面白いと思います。

主な参考資料

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