飼い猫の凛が亡くなってから、2か月ほど経ちました。

5歳でした。まだ若かったけれど、急死でした。
体調が悪くなってから、ChatGPTにも相談しながら、その時できることを妻といろいろ試しました。でも、結果はだめでした。
おそらく遺伝的な要因もあったのだと思います。それでも、何かできたのか、できなかったのか。もっとできることがあったのではないか。
その疑問は、今も完全には消えていません。
最期の日
まだ死ぬとは思っていなかった最期の日、凛が少し寄ってきました。
元気になってきたのかと思いました。
でも、翌日には亡くなっていました。
入れ物の外へ出ようとした形跡が残ったままでした。
まだ生きようとしていたんだな。
そう思うと、今でも苦しくなります。
2か月経って少し日常が戻ってから、ChatGPTに残っていた看病中のチャットを見返しました。
子供の世話もあり、日常は変わらず進んでいきます。その中で妻と相談しながら、水を与え、ご飯を与え、熱中症かと思って冷やし、少し動けるようになったと思ったら、また動けなくなって。
やりすぎないように気をつけながら、その時その時で考えていました。
チャットを読むと、当時のことをかなり思い返せました。

消せないチャット
そこで思いました。
消せないチャットって、こうして生まれることもあるんだな。
ChatGPTの会話は、普段なら作業が終われば埋もれていきます。
でも、このチャットは消せない。
「消せないチャット」という場所を作って保存して、たまに見返そうと思います。

残しておきたいもの
凛の生きた証。
私たちが頑張った証。
今はまだ生き死にが理解できない子供に、いつか、
「こんな可愛い子と、あなたは添い寝していたんだよ」
と話せたらと思います。



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