研究の価値って、何で測ればいいのでしょうか。
論文数でしょうか。
被引用数でしょうか。
掲載された雑誌のImpact Factor(インパクトファクター、IF)でしょうか。
研究者として長く過ごしていると、こうした数字を当たり前のように見るようになります。私自身もそうでした。
私は大学では農学部で植物を研究してきました。今も民間会社所属として植物研究界隈にドップリです。
植物を相手にしていると、1本の論文をまとめるまでに1年程度かかることは、それほど珍しくありません。
植物を育て、処理を行い、表現型を確認する。研究によっては形質転換個体を作り、次世代を取り、遺伝子型を確認し、さらに表現型を見る。
実験操作そのものではなく、ただ植物が育つのを待たなければならない時間もあります。
一方、学生時代には、数か月単位で論文が出ていく他分野の研究者も目にしました。工学系とか。同じ生物系でも、細菌などを扱う研究と植物個体を扱う研究では、実験を回せる時間のスケールがかなり違います。
もちろん、「論文が早く出る研究は簡単だ」と言いたいわけではありません。
研究の難しさは、論文になるまでの時間だけでは決まりません。
ただ昔から、
これだけ研究のサイクルが違うものを、同じような数字で比較できるのだろうか。
という感覚は持っていました。
他分野とImpact Factorを単純比較するようなことはありません。それくらい分野によって論文や引用の文化が違うことは、研究者なら普通に理解しています。
それでも、同じ分野の中では、
「その雑誌、IFいくつ?」
という会話はずいぶん長い間、共通言語のように使われてきました。
私自身もIFを見てきた世代です。
ところが最近は、JCI、CiteScore、SJR、SNIP、Field-weighted Citation Impactなど、以前よりいろいろな指標を目にするようになりました。
研究評価そのものを変えようという動きも進んでいます。
そこで2026年の今、そもそも私たちは研究の「価値」の何を数字で測っているのか、一度整理してみることにしました。
そもそも「研究の価値」とは何だろう
まず整理しておきたいのは、
雑誌の評価、論文の評価、研究者の評価、研究そのものの価値は、それぞれ別物だ
ということです。
当たり前のようですが、この区別は意外と重要です。
ある雑誌が多く引用されていることと、そこに掲載されたすべての論文が優れていることは同じではありません。
ある論文が大量に引用されたことと、それに費やされた研究の難易度も同じではありません。
ある研究者の論文数が多いことと、その研究者が他の研究者より優れていることも、そのままでは同義ではありません。
研究の価値には、いろいろな側面があります。
新しい知識を生み出したこと。後続研究の基盤になったこと。新しい実験技術を作ったこと。品種や製品になったこと。社会実装されたこと。データや研究資源を整備したこと。研究者を育成したこと。
ところが、これらすべてを一つの数字に詰め込むのは難しい。
現在の研究評価改革で議論されているのも、まさにこの問題です。
DORA(Declaration on Research Assessment)の2024年の指針では、Journal Impact Factor、引用数、h-index、分野補正引用指標、Altmetricsなどについて、「一つの指標で研究の複雑さを表すことはできない」という立場から、指標を明確・透明・具体的・文脈的・公平に使うことを求めています。
Impact Factorは、そもそも何を測るために生まれたのか
ここで改めてImpact Factorを見てみます。
Journal Impact Factor(JIF)は、大雑把に言えば、その雑誌に最近掲載された論文がどのくらい引用されているかを見るための雑誌レベルの指標です。
現在のJIFは、ある年に、その雑誌の直前2年間の論文等が受けた引用数を、対象となる論文等の数で割って算出されます。
面白いのは、その出発点です。
Impact Factorの考案者であるEugene Garfieldは、1950年代にこの考え方を提案しました。Garfield自身の2006年の回顧によれば、JIFはもともとScience Citation Indexに収録する雑誌を選ぶ際、単純な論文数や総引用数だけでは小規模ながら重要な雑誌を適切に扱えないために考案されたものでした。
つまり、もともと
「この研究者は優秀か」
を測るために作られた数字ではありません。
雑誌を見るための指標だったわけです。
そしてJIFは非常に便利でした。
一つの数字で雑誌のおおまかな引用状況を把握できる。同じ研究分野で投稿先を検討するときにも使いやすい。
だから広く使われるようになった。
問題は、便利な数字だったために、その数字がいつしか雑誌以上のものまで評価する代理指標として使われるようになったことです。
現在ではJIFを提供しているClarivate自身も、JIFだけでなく複数の指標や記述データを組み合わせてジャーナルを評価することを推奨しています。Journal Citation Reportsの公式説明でも、複数の指標を用いた評価が明示されています。
Impact Factorが間違っているのではありません。
測れる範囲を超えて使うと、意味が変わってしまう。
という方が正確なのでしょう。
研究には、それぞれ違う「時計」がある
私が研究評価について昔から引っかかっていたのは、ここです。
植物研究には植物研究の時計があります。
種を播いた翌日に成熟個体を得ることはできません。
形質転換体を得て、次世代を取り、遺伝的に固定された個体を評価するのであれば、生物学的に必要な時間を待たなくてはいけません。
同じ生物系でも、細菌、酵母、培養細胞、シロイヌナズナ、イネ、トマト、果樹では、実験を一周させる時間が違います。
さらに「植物科学」という同じカテゴリーの中ですら、データ解析を中心とした研究と、複数世代の栽培を必要とする研究では時間軸が違います。
これは植物だけの話でもありません。
研究成果が出版されるペース、いわば「publication rhythm」は分野によって大きく異なり、同じ大分類の中でも差があるため、同じ評価期間を一律に用いると比較を歪める可能性があることがbibliometricsの研究でも指摘されています。
したがって、
5年間で10報出した人と5報出した人を、論文数だけで比較する
という評価には、最初からかなり強い前提が含まれています。
その10報と5報が、同じ研究サイクル、同じ出版文化、同じ共著文化の中で生まれたものなのか。
そこを見なければ、本当は比較できません。
引用にも分野ごとの文化がある
さらに厄介なのが引用です。
研究者人口の多い分野と少ない分野では、引用される機会そのものが違います。
論文が大量に出版される分野もあれば、比較的小規模なコミュニティで研究されているテーマもあります。
論文1本に引用される参考文献数も違います。
引用が短期間に集中する分野もあれば、何年もかけてじわじわ引用される分野もあります。
Garfield自身も、引用密度やcitation half-lifeが分野によって違い、分野横断でJIFを扱う場合には注意が必要であることを指摘していました。
2015年にNatureで発表された「Leiden Manifesto」でも、研究評価では分野ごとの研究・出版・引用慣行の違いを考慮することが原則の一つとして示されています。
研究者が経験的に感じていた、
「別の分野のIFをそのまま比較しても仕方がない」
という感覚には、きちんと理由があります。
そこで増えてきた、新しい「ものさし」
こうした問題を少しでも補正しようとして、現在は複数の指標が使われています。
| 指標 | 主に見ているもの | 特徴 |
|---|---|---|
| Journal Impact Factor(JIF) | 雑誌の引用状況 | 直近2年間の掲載論文等への引用を基礎に算出 |
| Journal Citation Indicator(JCI) | 分野補正した雑誌の引用インパクト | 分野・文献タイプ・出版年を補正 |
| CiteScore | Scopus収録誌の引用インパクト | JIFとはデータベースや計算範囲が異なる |
| SJR | 引用+引用元の影響力 | どこから引用されたかも考慮 |
| SNIP | 分野補正した引用インパクト | 分野ごとの引用されやすさを考慮 |
| Field-weighted Citation Impact等 | 論文等の分野補正引用 | 同分野・同時期などを基準に比較 |
特に分かりやすいのがJournal Citation Indicator(JCI)です。
JCIは分野、文献タイプ、出版年を補正したCategory Normalized Citation Impactをもとに計算され、1.0が世界平均です。2.0なら、その条件で世界平均の約2倍の引用インパクトを持つという読み方ができます。
そしてClarivate自身、JCIをJIFの「置き換え」ではなく、JIFを補完する指標として位置づけています。ClarivateによるJCIの解説にも、分野・文献タイプ・出版年の補正と、JIFを補完する位置づけが説明されています。
ScopusでもCiteScoreだけでなく、引用元の影響力を加味するSJR、分野による引用慣行の違いを補正するSNIPなどが提供されています。
つまり、
もっと優れた一つの指標が登場して、IFを置き換えた
わけではありません。
それぞれ違う欠点を補うために、複数のものさしが存在しています。
それでも「研究の価値」は測り切れない
ここまで見ると、
「では分野補正されたJCIやSNIPを使えばいいのでは?」
と思います。
しかし、それでも最初の問題は残ります。
JCIは、植物を3世代育てるために必要だった時間を評価してくれるわけではありません。
SNIPも、新しい植物形質転換系を一から構築した労力を測るわけではありません。
論文がどれだけ引用されたかを巧妙に補正しても、基本的に測っているのは引用という現象です。
研究の価値そのものではありません。
ここは区別しておいた方がよいと思います。
基礎研究と応用研究では、そもそも「価値の出方」が違う
さらに研究の価値について考えるなら、基礎研究と応用研究の違いも避けて通れません。
OECDのFrascati Manual 2015では、基礎研究を、特定の用途を直接想定せず現象や事実の基礎となる新しい知識を得る研究、応用研究を、特定の実用的目的に向けて新しい知識を得る研究と整理しています。さらに、新製品や新工程、既存の製品・工程の改善を目指すexperimental developmentも区別されています。
この違いは、研究の価値がどこに現れるのかにも関係します。
基礎研究なら、新しい現象の発見、理論、後続研究への影響などが重要でしょう。
ところが、その価値が実用化につながるまで10年、20年かかることもあります。
研究を発表した時点では、何に使えるのか分からないことすらあります。
一方、応用研究では、論文以外の場所に大きな価値が現れることがあります。
植物分野なら、新品種、育種素材、新しい栽培技術、形質転換法、ゲノム編集技術、遺伝資源、診断技術、特許、技術移転。
企業研究なら、製造コストを下げたことや、製品化につながったこと自体が重要な成果になることもあります。
では、
非常に多く引用された基礎研究と、ほとんど引用されていないけれど実際に農業現場で使われている技術は、どちらの研究価値が高いのでしょうか。
おそらく、この問い自体に一つの数字で答えようとするのが無理なのでしょう。
価値の種類が違うからです。
2026年、研究評価は「別の一つの数字」を探しているわけではない
ここを調べていて、私が一番興味深いと感じたのはこの点でした。
研究評価の世界は、
Impact Factorの代わりになる、もっと完璧な数字を探している
わけではないようです。
むしろ、
一つの数字ですべてを評価しようとすること自体を見直そうとしている。
DORAは2012年に始まった研究評価改革の国際的な取り組みですが、2024年には定量指標の責任ある利用について具体的な指針を公表しました。2025年には大学や研究機関などがResponsible Research Assessmentを実装するための実践ガイドを公開しています。
さらに2026年5〜6月には、Global Research CouncilやScience Europeと共同で、研究助成機関向けにResponsible Research Assessmentを実装するためのガイドまで公開されました。DORAによる2026年6月の紹介によれば、研究費公募から審査、採択、モニタリングまで研究助成のライフサイクルにRRAを組み込むことを目的としています。評価改革は理念を語る段階から、実際の採用・研究費配分・組織評価へ組み込む段階に進みつつあります。
CoARA(Coalition for Advancing Research Assessment)の協定も、研究・研究者・研究機関の評価について、多様な成果や活動を認識し、peer reviewを中心とする定性的判断を、定量指標が責任ある形で補助するという方向を掲げています。
これはかなり大きな考え方の変化だと思います。
では、2026年現在は何を見ればいいのか
結局、「新しい正解の数字」はありません。
むしろ、何を知りたいのかによって、ものさしを変えるというのが現在の考え方に近そうです。
雑誌の引用上の位置づけを知りたいのであれば、JIFだけでなくJCI、CiteScore、SNIP、SJR、分野内percentileなどを併せて見る。
一本の論文を評価したいのであれば、掲載誌のIFではなく、その研究内容、研究デザイン、データ、再現性、新規性、引用状況などを見る。
研究者を見るなら、論文数やh-indexだけでなく、その研究者が何を生み出し、研究の中でどのような役割を果たしたのかを見る。
基礎研究なら、新しい知識や後続研究への貢献を見る。
応用研究なら、論文に加えて知財、技術、品種、社会実装などを見る。
そう考えると、研究評価で必要なのは、
「最も優れたものさし」を決めることではなく、「今そのものさしで何を測っているのか」を意識すること
なのかもしれません。
IFを見なくなるわけではない
だからといって、私はこれからImpact Factorを見なくなるわけではありません。
投稿する雑誌を探すときには、おそらくこれからも見るでしょう。
研究分野の中で、その雑誌がおおよそどのような位置にあるのかを見る情報として便利だからです。
実際、2026年6月に公開されたJournal Citation Reports 2026でもJIFは引き続き主要な指標であり、22,643誌、254カテゴリーが収録されています。一方でClarivate自身も、JIFだけを単独で見るのではなく、複数の情報を組み合わせた評価を推奨しています。
つまり、
IFの時代が終わった
という話ではないのでしょう。
むしろ、
IFという数字が何を表し、何を表していないのかを理解したうえで使う時代になった
と考える方がしっくりきます。
植物研究をしていたころ、論文が出るまでの時間を見ながら、
「これを同じものさしで比べるのも難しいよな」
と思っていました。
その感覚自体は、今もそれほど変わっていません。
ただ2026年になって改めて調べてみると、研究評価の側も、同じような問題をかなり本格的に扱うようになっていました。
研究の価値を完全に測ることのできる、万能なものさしは、おそらくありません。
だからこそ大切なのは、
その数字が何を測っているのか。
そして、
その数字では何を測れていないのか。
その両方を理解したうえで使うことなのだと思います。

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