「砂糖税」という言葉を耳にしました。
最初に思ったのは、
砂糖に税金をかけて、コーラやジュースを高くする制度?
というくらい。
たしかに大筋では間違っていません。
でも調べてみると、砂糖税の面白いところは「値段を上げて買う量を減らす」だけではありませんでした。
むしろ印象に残ったのは、
税金を払いたくない企業が、商品の砂糖そのものを減らす。
さらに、
「この商品は健康上の理由で課税される商品です」という社会的なシグナルまで生まれる。
というところです。
税金というより、企業や市場の行動を変える装置として見ると、かなり面白い制度です。
そもそも「砂糖税」とは?
「Sugar tax」と呼ばれますが、現在世界で広く導入されているのは、砂糖そのものへの税というより砂糖入り飲料(Sugar-Sweetened Beverages: SSB)への物品税です。
WHOの2025年版グローバルレポートでは、2024年7月時点で116か国が少なくとも1種類の砂糖入り飲料に国レベルの物品税を課しているとされています。
対象になるのは、炭酸飲料や加糖飲料など。
制度は国によってかなり違い、
- 1 Lあたり一定額を課税する
- 糖の量に応じて課税する
- 糖濃度が一定値を超えたら課税する
などの方式があります。
この「糖濃度で線を引く」方式が特に面白いです。
英国の砂糖税は、企業に「砂糖を減らす理由」を作った
英国では2018年に Soft Drinks Industry Levy(SDIL) が始まりました。
2026年度の税率は、
- 5 g以上8 g未満 / 100 mL:10 Lあたり £2.08
- 8 g以上 / 100 mL:10 Lあたり £2.78
- 5 g未満 / 100 mL:非課税
です。
つまり、5 g/100 mLという境界があります。
企業から見れば、
4.9 gなら税金なし。5.0 gなら課税。
この差は大きい。
すると企業には、
税金を払って高糖のまま売るより、レシピを変えて5 g未満に落とした方がいいのでは?
という強烈なインセンティブが生まれます。
実際、英国政府によると、2015年時点で5 g/100 mLを超えていた清涼飲料のうち、約65%が2019年までに5 g未満へ再配合されました。
その結果、英国で販売される清涼飲料の89%が5 g/100 mL未満になっています。
さらに、SDIL対象飲料の販売量加重平均糖含量は、2015年から2024年に47.4%低下しました。
47%。
かなり大きい。
もちろん、この47.4%すべてを「税だけの効果」と断定するのは雑です。同時期の健康志向や自主的な商品改良もあります。
それでも、英国政府自身がSDIL導入後の大規模なreformulation(再配合)を制度の主要な成果として扱っています。
「誰も税金を払わなくなるほど成功する税」
普通、税金というと、
たくさん税収が入る=よく徴税できた
というイメージがあります。
でも砂糖税は少し違います。
企業が、
砂糖を減らす ↓ 課税ラインを下回る ↓ 税金を払わなくなる
という行動を取った場合、税収は減ります。
しかし政策目的が「砂糖の摂取量を減らすこと」なら、これはむしろ成功です。
極端に言えば、
誰も払わなくなるほど成功する可能性がある税
です。
税金を集めること自体が目的ではなく、税金を避ける行動を設計する。
ここが面白い。
英国政府はさらに2028年1月から、課税が始まる下限を5 g → 4.5 g / 100 mLへ引き下げる予定です。
政府の2025年予算資料では、新しい基準への対応について、過去の実績を参考に65%の商品が再び課税回避のため再配合するという行動仮定まで置いています。
もはや「税収を取る」というより、企業にレシピを書き換えさせる政策です。
500 mLで考えると、数gの違いも大きい
例えば、糖が10 g/100 mL入った500 mL飲料なら、
10 × 5 = 50 g
の糖が入っています。
4.5 g/100 mLなら、
4.5 × 5 = 22.5 g
です。
仮に10 gから4.5 gまで落とせば、糖量は55%減。
もちろん実際の商品がすべてこの変化をするわけではありませんが、「100 mLあたり数g」という数字でも、1本単位ではかなり違います。
でも、もっと面白いのは「課税される商品」というラベル
ここからが今回一番気になったところです。
砂糖税には、価格を上げる以外にhealth risk signalling(健康リスクのシグナリング)という作用が議論されています。
考えてみると、
政府が健康政策として、この飲み物だけ特別に課税しています
と言われれば、それ自体が情報になります。
消費者からすると、
「わざわざ税金をかけるほど健康上問題があるカテゴリーなのか」
という認識が生まれる可能性があります。
SSB税の研究でも、この価格効果とは別の「リスクを知らせる効果」が研究対象になっています。
ただし、すべての地域・研究で明確に確認されているわけではありません。
2025年に発表されたシアトル周辺の研究では、課税地域外へのシグナリングの波及は明確には確認されませんでした。一方、先行研究では課税地域内で価格上昇だけでは説明しにくい行動変化を報告した例もあります。
つまり、
「砂糖税には必ず強いレピュテーション効果がある」
と断言する段階ではありません。
それでも、「課税対象になった」という事実そのものが消費者の認識を変えうる、という発想はかなり興味深いです。
消費者だけでなく、企業のレピュテーションリスクになる
さらに企業側から見ると話が広がります。
食品企業を対象とした機関投資家の研究では、栄養や肥満問題に関連して、
- regulatory risk:規制リスク
- reputational risk:評判・ブランドリスク
- legal risk:法的リスク
- systemic risk:社会全体に波及するリスク
などが投資判断上の論点になると報告されています。
特に砂糖税は、単なる仮想リスクではありません。
実際に世界116か国で何らかのSSB課税が存在する。
すると、高糖飲料への依存度が高い企業にとっては、
「いつ自分たちの市場で課税が強化されるか」
という現実の規制リスクになります。
さらに、
高糖商品を大量に売る会社
という企業イメージそのものも、消費者や投資家から評価される時代になっています。
研究では、投資家が食品企業について、砂糖をめぐる世論や消費者意識の変化をreputational riskとして認識していることも報告されています。
つまり企業には、税金以外にも「砂糖を減らす理由」がある
整理すると、企業から見た砂糖税は、
砂糖が多い商品 ↓ 課税される ↓ 価格競争で不利になる ↓ 「高糖商品」という健康リスクのシグナルになる可能性 ↓ ブランド・レピュテーションへの影響 ↓ 将来の追加規制リスク ↓ 投資家からの評価にも影響
という連鎖を作り得ます。
こうなると、
税額が高いから砂糖を減らす
だけではありません。
課税される側の商品・企業として位置づけられること自体を避けたい
という合理性が出てきます。
税金という小さなスイッチから、製品開発、ブランド戦略、投資判断まで連鎖するわけです。
日本には砂糖税はある?
現在の日本には、英国SDILのような健康政策を目的とした全国的な砂糖入り飲料税はありません。
財務省の2026年度の国税一覧を見ると、個別間接税には酒税、たばこ税、揮発油税などがありますが、砂糖入り飲料を健康目的で課税する税目はありません。
ただし、日本には昔、本当に砂糖消費税がありました。
1901年に始まり、1989年まで存在しました。
ただし、これは現在の肥満・糖尿病対策としてのSSB税とは性格が異なります。
1989年の消費税導入時に、物品税などとともに廃止されました。
日本の飲料業界も「砂糖税」は意識していた
少し面白い資料もありました。
全国清涼飲料連合会の2019年活動レポートには、2018年度の業界トピックとして、
「砂糖税への対応 日本ならでは、無糖茶やカロリーオフ」
と明記されています。
つまり日本で砂糖税が導入されていなくても、飲料業界にとってはすでに海外の制度動向として無関係ではなかったわけです。
日本には、
- 緑茶
- 麦茶
- 烏龍茶
- 無糖コーヒー
- 水
- ゼロ・低カロリー飲料
など、もともと無糖飲料の選択肢が非常に多い。
もし日本に海外型の砂糖税が導入された場合、こうした市場構造がどのように効くのかは気になります。
ただし、「日本なら砂糖税の効果がこうなる」という実証データがあるわけではないので、ここは今後の仮説です。
砂糖税を入れれば肥満がなくなる、という話でもない
当然ですが、ここも重要です。
砂糖税について比較的エビデンスが強いのは、
価格が上がる ↓ 課税飲料の購入量が減る
という部分です。
さらに英国のような糖含量ベースの制度では、
企業が商品を再配合する
という効果もかなり明確です。
一方、
砂糖税 → 肥満減少 → 糖尿病減少 → 心血管疾患減少
と因果の距離が長くなるほど、他の生活習慣や社会要因が入り込むので証明は難しくなります。
WHOは砂糖入り飲料などへの課税を健康的な食環境を作る政策として推奨していますが、
「税を入れれば病気が直接これだけ減る」
と単純化しない方がよさそうです。
調べてみたら、「税金」の見方が少し変わった
砂糖税を調べる前は、
不健康なものを高くして、買いにくくする制度
くらいに思っていました。
でも実際はもっと面白い。
価格を変える。 企業にレシピを変えさせる。 そして「課税される商品」という情報を社会に与える。
砂糖税は、この3つを同時に動かす可能性があります。
特に英国の例を見ると、
企業から大量に税金を取ることより、企業が税を払わなくて済む商品へ自ら変えていくこと
が政策の重要なメカニズムになっています。
「税金」はお金を集めるだけの仕組みではなく、
人や企業がどう行動するかを変えるためのスイッチ
としても使える。
砂糖税という言葉を耳にして調べ始めたのですが、最終的にはそこが一番面白いところでした。
参考資料
- WHO: Global report on the use of sugar-sweetened beverage taxes, 2025
- WHO: Taxes on non-alcoholic beverages
- GOV.UK: Strengthening the Soft Drinks Industry Levy — Summary of responses
- GOV.UK: Soft Drink Industry Levy changes
- Andreyeva et al. Outcomes Following Taxation of Sugar-Sweetened Beverages: A Systematic Review and Meta-analysis. JAMA Network Open (2022)
- Robinson et al. Integrating nutrition and obesity prevention considerations into institutional investment decisions regarding food companies. Globalization and Health (2022)
- 国税庁:砂糖への課税方法
- 財務省:消費課税(国税)の概要
- 全国清涼飲料連合会:全清飲2019活動レポート
※本記事は制度と研究結果を整理するもので、特定の税制の導入・廃止を主張するものではありません。


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